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ドラゴン・スピリット |
その女医はフィリアが差し出した小花模様のティーカップにブランデーをひと垂らしすると赤い唇をつけた。喉がこくり、と小さく波打つ。
大して広くもなく豪華な調度品もない応接間だったが、隣室ではちっぽけながら骨董品屋が営まれていることを思えばその部屋は落ち着いた静けさに満ちており、店主であるフィリア・ウル・コプトの手による掃除もきちんと行き届いていた。
薄曇りの空が投げかける光を受けとめるテーブルにはノートやら筆記用具やらが広げられている。ノートに書きとめられた文字がいささか乱雑で曲がっているのは口述を書きとめたせいだろう。
ティーカップをソーサーに戻すと、女性は細かい文字が書きなぐられたメモを確認しながら感嘆のため息をついた。
「あなた方竜族の知識や技術には驚かされるばかりです。特に魔道に関しては。…治癒魔法の詠唱方法はおろか、その効能さえも我々は知らないのですから」
「私が知っていることなど、たかが知れていますけど。お役に立てれば嬉しいですわ」
言いながらフィリアは微笑した。
どこからどうやったのかはわからないが、彼女がゴールドドラゴン一族最後の生き残りだと知ったこの女性──自身でクララと名乗った──はフィリアに“取材”を申し込んできたのだった。
最近、この町で医院を開業したばかりのクララは、年の頃は20代後半といったところ。医療に対して最も盛んなバイタリティをあらわす頃なのだろう。血気盛んな様子で次々とフィリアに質問を浴びせかけた。
ドラゴンの乙女がそれに快く応じたのは、今後もその町で暮らしていくのを考えてのことだ。つまりはご近所づきあい、である。…隠すほどの事など、何もないのだし。
薬草に関しての細かい質問をフィリアに向け、回答をノートに書きとめると女医はふうっと息をつき、目を閉じた。どうやら質問事項はこれで一段落したらしい。
椅子に腰掛けなおし、リラックスした様子でクララは話し出した。
「魔道と言えば。近頃、魔族たちの間で反乱が起きたらしいですね。それで、何でも魔族が何人か滅ぼされたとか」
「まあ」
気のない返事をしながらフィリアはぼんやりと考えた。獣神官は今ごろ、どこで何をしているのだろう。
最近、全く姿を見せないとはいえ、あの男に限ってその身を案じる必要性など彼女はかけらも感じなかった。どうせ要領良く立ち回っているに違いないのだから。
「その中には結構、高位の魔族も含まれていたらしいですね。主の不興をかったとか何とか…。私には魔族のことは良くわかりませんが、物騒なものですねえ」
ティーカップを手に取り、ぐっと紅茶を飲み干してから気づいた様に彼女は言った。
「でも、あなたは神聖魔法を唱えることができるのでしたね。ならば、魔族など恐れるに足らず、でしょう」
それでは今日はこれで、等と言いながら女医はテーブルに散乱した文房具をカバンに納めて立ちあがった。フィリアも慌てて立ち、店の表扉まで彼女を先導する。
扉を開くと、吹き込んだ生暖かい風が二人の頬をなぶった。雨が近いのかもしれない。
あおられる長い金髪を押さえる彼女を目を細めてクララは見つめた。
「竜族の方というのは、人間と違って恋などしないのですか?」
「え?」
紅茶に垂らしたブランデーのせいか、女医は饒舌になっているようだった。
「ごめんなさい。いえ、そんなにお綺麗なのに、勿体無いなと思いまして…」
フィリアが黙り込んだために、二人の間にはしばしの沈黙が流れた。やがて女性はこほんと咳払いを一つし、口調をよそいきに戻した。
「…あの、余計なことを申しました。それではこれで。今日は本当にありがとうございました」
「いいえ。また何かありましたらどうぞ」
「是非、お願いします」
ちょっとばかり憧れの念の混じった視線を彼女に送った後、カバンを重そうに持ち上げるとクララは立ち去った。その背中を見送りながら、私の変身した姿を見たらこの人は何と言うだろうかとドラゴンの乙女は苦笑交じりに考えた。
雨雲にびっしりと覆われた空からは灰色の光が地上に降り注いでいた。
そのまま立っていたら肺が水で満たされてしまいそうなほど、周囲は雨の気配に満ちていた。
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「恋、か」
フィリアは呟くと戸外から吹き込む湿気を避け、店の扉をばたんと閉じた。
ふと、ショーウィンドウに映る自分の顔に気づき、じっと見つめてみる。すると、心細そうな青い目が何度かの瞬きの後、上目遣いで見つめ返してきた。
「姐さん。お客、帰ったか?」
「ええ。店番を頼んでしまってごめんなさいね。休憩して頂戴、ジラスさん」
赤いきつねの容貌をした獣人、ジラスは訳あって彼女の店を手伝ってくれている。彼はフィリアに心から忠実を誓っており、彼女の気まぐれにも根気よく付き合ってくれるのだ。
今日は相棒のグラボスも不在であり、長居をする客人の相手をするフィリアの抜けた穴を一人で辛抱強くカバーしていた。
が、休憩と聞いて彼は嬉しそうにぴょこんと尻尾を立てた。
「休憩? おれ、いなくていいのか?」
「ええ。1時間くらいで戻ってきてね」
「わかった!」
ジラスはエプロンをはずし、店の奥に消えた。彼は最近スポーツくじに凝っていて、サッカーの試合の結果が気になってたまらないようだった。早速、赤鉛筆を片手に勝敗の予想を立てようと言うのだろう。
店のカウンターに腰掛けるとフィリアの頭には自然と、黒いマントを羽織った闇の神官の姿が浮かんだ。
先ほどの訪問者が残した言葉を、彼女は口の中で繰り返した。
「高位魔族が、主の手によって滅ぼされた…」
全く不確かな情報には違いなかった。だが、ゼロスが現れなくなってからたっぷり半年は経っているのだ。こんなに長期間、彼が姿を見せなかったことはなかった。
まさかとは思いながらもフィリアは自問した。あの魔族がこの世から消えたとしたら、自分はどうするのだろうか。
竜族の目から見れば祝杯をあげるべき出来事だろう。だが、彼と唇を重ね、彼に命を預け、一時はその心を──例え空虚ではあっても心には違いない──受け止めたこともある彼女は思わず虚空を見上げて、そこにゼロスの皮肉な微笑みを探さずにはいられなかった。
…馬鹿馬鹿しい。
自分が抱く彼への思いを見つめてフィリアは密かに自らを嘲笑った。
彼は魔族なのだ。こちらの気持ちが通じるわけがない。実際、ゼロスに優しくしてもらった記憶など彼女にはなかった。
気持ちが通じた所でいいように利用されるのがオチなのだ。
だが、そう言い聞かせたところで、曖昧なニュースに乱された自分の心を治めることはドラゴンの乙女には出来そうになかった。
フィリアはちらっと壁の時計を見た。閉店時間まではまだ間があるが、店を開けている気分にはなれなかった。
「いいじゃない、たまにはお店を早く閉めたって。…そうよ、気晴らしに買い物にでも出かけようかしら」
彼女は言い訳のようにぶつぶつ言いながらカウンター席から立ちあがった。
お客のいない店内を一瞥すると明かりを落とし、表扉に『CLOSED』と書かれた小さな札をかける。
フィリアは問題を先送りにしたまま、人気のない店内に頑なな心を置き去りにしてその場から立ち去った。
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ドラゴンの乙女は買い物カゴを片手に食料品店を後にしていた。
ウィンドウショッピングでも楽しみたいところだったが、今にも降り出しそうな空模様は遠出をためらわせたし、ちょうど夕飯前と言う時刻も手伝って結局、食料の買出しに繰り出すこととなったのだ。
曇天の下の町はそれでも、彼女と同様に夕飯のための食材を買い求める人や、道なりに植えられた今が盛りのコスモスを楽しむ人、スケートボードを駆っては歓声を上げて行き過ぎる子供たちなどでなかなかの賑わいを見せていた。
カゴの中身を確認しながら、フィリアの足は先を急いでいた。確かお気に入りの紅茶が切れかけていたから、これから輸入雑貨屋に出向いて買い足しておこう。それから、出来たら紅茶に垂らすといい香りがするラム酒も欲しい。それから、それから…。
「きゃあっ!」
考え込むあまり早足のまま足元だけを見て道を突き進んでいた彼女は、何か柔らかいものに激突して悲鳴を上げた。買い物カゴが地面に放り出され、中身がばらばらと辺りに散乱した。
両足を踏ん張り、辛うじて尻餅をつくのを耐えたフィリアの鼻先を黒い影がひゅっとかすめて消えた。
慌てて顔を上げたが、彼女が衝突したと思われるような障害物も、人物も見当たらない。道に散らばった野菜にちらりと目をくれながらも、人々は何事もなかったかのようにフィリアの脇を歩き過ぎて行く。
いや、そもそも彼女の面前には本当に、ぶつかるようなモノがあったのだろうか。
フィリアは訳がわからないまま、しゃがみ込んで今夜の夕食の材料を拾い集め始めた。スケートボードの子供に突き当たったのだろうか? だが、それにしても変だ。
人参に伸ばした手にぽつり、と雨粒が落ちてきた。ああ、やはり降ってきた。紅茶は諦めて早く帰ろう…。
「ふ〜ん、今晩はアーティチョークのサラダですか。ドラゴンでもサラダって食べるんですねえ」
揶揄に満ちた声がした。語尾に僅かに笑いが混じっている。
はっとして見上げた視線の先に、黒衣の神官が佇んでいた。肩で切りそろえた漆黒の髪。黒曜石の瞳。顔には相変わらずの微笑を浮かべている。
ぽつ、ぽつ、ぽつ……。ざあああああ…。
降り出した雨はあっという間に本降りになった。道に店を出していた商人たちは商い物を取り急ぎシートで覆い、店じまいの準備に大わらわだ。通行人が水飛沫を上げながら走り去っていく。
「…ゼロス」
彼女は手に取った人参を取り落として立ちあがった。
「お久しぶりです、フィリアさん。…あの。ニンジン、拾わなくていいんですか? それとも好物のニンジンを忘れちゃうほど僕に会いたかったとか…」
ゼロスはそれ以上言葉を続けられなかった。フィリアが彼の胸座を掴み、喉もとを締め上げたからだ。
「ちょっと、ゼロス。どういうつもり? ひとの気持ちを散々もてあそんで玩具にしたかと思ったら、さっぱり姿を見せなくなるし。とうとう死んだと思ってせいせいしていたらひょっこり現れるなんて!」
「く、苦しいです、フィリアさん。離してくださいよお」
獣神官は情けない声を上げた。竜族なだけにフィリアの腕力は侮れないのだ。
ドラゴンは鼻息荒くゼロスの身体を突き放した。彼はわざとらしくコホコホと咳をしてみせたが、二人の目の前を雨の雫を飛び散らせて黒い影が一瞬よぎるのを見、眉をぴくりとさせた。
「やっと見つけましたよ、面倒な…。このお礼は存分にさせていただかないとね」
僅かに目を眇めて笑う彼の表情は先ほどの人の好い笑顔とは全く異なっていた。
フィリアに一言の弁解もなく、雨に溶けようとする獣神官に思わず彼女は詰めよった。
「ゼロス! 何の説明もなく消える気? あなた、一体何をやってるのよ?!」
かき消えながらも彼は振り返って見せた。にっと笑うとお馴染みの“それは秘密です”のポーズを取り、獣神官は完全に消えうせた。
「…私、あなたに言ってやりたい嫌味を沢山思いついてたのに。言われてあなたがどんな顔をするか、見てやりたかったのに。なのに、私…。会えて嬉しい、なんて言っちゃいそうだったじゃないの!」
フィリアは道に転がったままの野菜を拾いもせずに、ずぶ濡れになりながら叫んだ。
雨は一向にやむ気配もなく、もともと明るくもなかった空はそのまま闇に包まれて夜を迎えることになりそうだった。
その夜。
雨も降り止まないしと引き止めたジラスに夕飯を振舞いながらも、フィリアの心は穏やかではなかった。
ゼロスは無事だった。無事だっただけでなく、不意をついて現れたかと思えば、理由も言わずにいけしゃあしゃあと消えうせた。
彼は姿を見せなかった半年以上もの間、何を考えていたのだろう。自分のことをちらとでも思い出しただろうか。
自分の皿に大盛りのサラダを盛りつける女主人にジラスは恐る恐る言った。
「姐さん。おれ、野菜よりも肉が好き」
「何を言ってるの、ジラスさん!」
彼女は腰に手を当てると、とうとうと語り出した。何か喋っていないと落ち着かなかった。
「アーティチョークはコレステロールの増加を押さえるし、血液をきれいにしてくれるのよ。何より…」
フィリアは声高に主張した。
「ストレス解消に効果がある! これが重要ね! 今の私にピッタリだわ」
彼女のストレス解消の巻き添えを食った形のジラスはチョウセンアザミのぎざぎざの葉っぱをくわえながらぼそぼそと呟いた。
「おれ、だったら、これを食べるのは姐さんだけでいいと思う…」
メインディッシュはあっという間に平らげたものの大量の生野菜に翻弄され、おまけにフィリアに説教を食らって、もう二度と姐さんの家で夕飯を呼ばれたりしたくないと彼が考えたのも無理はない。
哀れなジラスがやっとこさサラダを食べ終え、ほっとした顔でお休みなさいと暇を告げると彼女は彼を無罪放免とし、自分は湯浴みを済ませてベッドに潜りこんだ。
星はおろか、月も出ていない。ランプを消した寝室は暗闇の底に沈んで物音一つしなかった。
…いや、そうではなかった。空気を切るしゅっという音と共に、闇から溶け出す様に現れた人影があった。
ベッドが軋む音がする。フィリアは足元に圧迫を感じて目を開き、上半身を起こした。
そこには、獣神官ゼロスの姿があった。彼はベッドの端に座ったまま、あの薄笑いを浮かべてこちらを見ていた。
彼が何か言い出すのを待つつもりだったが、ゼロスは沈黙を守ったままだった。とうとう痺れを切らし、彼女は口を開いた。
「何故、何も言わないの? ゼロス」
見失ってしまいそうな程、彼は闇そのものだった。落ち着いた口調でゼロスは言った。
「余計なことは言わない主義でしてね。…それとも、口説き文句でも期待していましたか?」
「魔族が何を言うの。そんなこと、出来もしないくせに」
冷たく言い放ったつもりが語尾が震えた。思わず赤くなったフィリアを彼は満足そうに見つめた。
「僕に会いたかったんですね。それを自分で認めることが出来ない。…今のあなたの感情の味は悪くないですよ。悪くないですが…」
ゼロスは彼女を乱暴に組み敷いた。どさっという音と共に長い金髪がベッドから床までも零れ落ち、寝室がほの明るくなったような錯覚を与えた。
細くは見えても彼女はドラゴンの力を秘めている。白い顔に覆い被さり、唇を奪おうとする獣神官をフィリアは力をこめて殴りつけた。
ばしーん!
容赦ない音が静けさを破った。
「…そうでなくてはね。フィリアさん、それでこそあなたです」
頬を軽く押さえたが、ダメージを受けたとも思えない何気なさでゼロスは言葉を継いだ。
「僕への恋慕はあなたを苦しめる。しかも、それはあなたが自分で選んだ道だ。あなたは自己嫌悪と断ち切れない恋との間を行ったり来たりしながらどちらも切り捨てられずに、両方がもたらす苦しみに苛まれるというわけです。実にいい。稀に見る逸材です、あなたは」
「突然おしゃべりになったわね。昼間の騒ぎといい…。自分の都合通りに事を運ぶのだけはお上手ね」
「ああ、昼間は失礼しました。ちょっと仕事がありましてね。僕だってあなたをほったらかして遊び歩いていた訳じゃあないんです。ほら、ヴァルくんのこととか、色々ね」
「ヴァルがなんだって言うの」
ぎくりと眉を寄せたフィリアのあごを今度は優しく捕らえ、獣神官は淡いピンク色の唇に唇を重ねた。顔を離し、彼女に囁きかける。
「ほう? ヴァルくんの名前が出た途端、殊勝になりましたね。ですが、その目は好きになれません。進んで生贄になったような、殉教者みたいなその青い目は」
「………」
覚悟を決めた様に目をぎゅっと閉じたフィリアを見つめ、彼は思案顔になった。
「まあ、それもいいでしょう」
やがて口の中で独りごちるとゼロスはドラゴンの乙女を腕に抱き、彼女の白い身体を闇色に染めるべく、彼の魔力を放出し始めた。
ベッドから流れ落ちる金色の流れが掬い取られてはもつれ、何度も床を滑っては光を放った。
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夜の間、激しく窓ガラスを叩いていた雨は翌朝にはすっかり上がっていた。
町のいたるところに植えられたコスモスの花弁は雨に打たれて痛み、それでも顔を上げて降り注ぐ朝日を浴びては生を謳歌していた。
ベッドに横たわったまま、フィリアは考えた。昨日までと同じように今日からも変わらず暮らしていくことが出来るだろうか、と。
店を開ける準備をしなければならない。それから、ジラスと今日、戻ってくるグラボスとを迎え、軽い朝食をとらせるようにしなければ。どうせ二人とも何も食べずにやってくるのだから。
ベッドから起きあがり、思ったほど身体が痛くも重くもないことにフィリアは少し驚いた。生き物というのは結構、頑丈に出来ているらしい。
身支度を整え、鏡を覗きこむと彼女は呟いた。
「魔族に何を言われようと、何をされようと私は私だわ。決して変わらない。…私、自分の魂だけは譲れない。でないと、なぜ自分が毎日こうして暮らしているのかさえわからなくなるもの。そうよね、フィリア?」
「姐さーん、おはよう」
「姐さん。ただいま帰りましただ」
階下で雇い人たちの声がした。窓の外では小鳥の羽音と鳴き声が響いている。彼女の一日が始まろうとしていた。
「おはよう、ジラスさん、グラボスさん。…今行くわ」
いつもの白いケープを羽織るとフィリアは立ち上がった。ふと気づき、曲がった背を伸ばし、毅然と前を向く。
彼女は階段をとんとんと降りていった。
「成る程、そういうことなの」
フィリアの住む町の郊外にある白い建物。その一室であの女医──クララが心得顔で頷いていた。
「お楽しみいただけましたか? ゼラス様」
彼女の前にひざまづいているのは獣神官ゼロスである。彼は主の考えを推し量ろうと黒曜石の瞳をくるめかせた。
「お前が時々、姿を消すのを不思議に思っていたけど。確かに面白い娘ね」
彼女は嫣然とした微笑を浮かべた。その姿を見ただけなら、この女性が魔王シャブラニグドゥの五人の腹心のうちの一人、ゼラス・メタリオムその人であるなど想像もつかないだろう。
ゼラスは部下の顔つきを見、おかしそうにぷっと吹き出した。
「その、きょときょとした目つきはお止めなさい。今すぐあの娘をどうこうするつもりはないわ。でも…」
鷹揚な口調で主は部下に釘をさした。
「命じたことをおろそかにするのは許さない。せいぜい許容範囲で遊ぶことね、ゼロス」
「はあ…」
ゼロスは困った様に笑った。フィリアとの仲にお許しが出てしまうのも彼としては複雑なのだった。
「では、行きなさい。今度こそ、あやつを始末する様に。失敗は許さない」
「はっ」
獣神官は速やかに空気に溶けて消えた。それを見届けると、ゼラス・メタリオムもまた姿を消した。…真新しい医院ごと。
フィリアの時間は未だ、平穏無事に過ぎていくと言う訳には行かない様である。
◆一行メッセージ。 |
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お気づきかもしれませんが、今回のプロットは何のひねりもありません。…いえ、ひねくり回す元気がなかったと言うか、ひねくり回す必要性を見失ったと言うか。
拙著『LOVE PHANTOM』では完全にゼロス視点の、いわば人間でない狂気の思考回路で物事が進みましたが、そういう事情で今回は完全にフィリア視点。意識して彼女の日常を淡々と追う形式に組んでみました。
いやもう。書きにくいのなんの。特異な所のない平坦な状況って描写が面倒くさいです。(おい)
3連休を挟んでおいて何ですが、あまり執筆時間も取れず。正味3日位で書いてます。これって早いの? 遅いの? 遅いんだろうなあ…。
ゼロフィリに求められるのは『LOVE PHANTOM』型の激しい心理葛藤の描写なんでしょうが、こういうのはどうなんでしょう? やっぱ、需要低いのかな。
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