LOVE PHANTOM(前編)



 その少女はすこし苛立たし気に、指先で売り物の壷をぴん、と弾いた。
あたりの様子をそっと伺う。
しんと静まり返った店内には日光が射し込み、獣人の店員が気だるそうに欠伸を漏らしていた。
店主と思われる金髪を背に流した女性がちらりと壁の時計を見やる。
…お茶の時間を過ぎているのだ。
しばらくもじもじと両足を動かした後、女性はカウンターから立ちあがると遠慮がちに少女に話しかけた。
「あの、お求めのものはお決まりですか?」
甲高い、気に障る声だ。これが、この女が、ゴールドドラゴンだって?
少女は肩にかかる黒髪を跳ね上げ、つんとして言葉を返した。
「いいえ。別に、何となく見ていただけだから」
相手が口元をひくつかせるのを小気味良く眺めながら、彼女はくるりと踵を返した。
店内に背を向け、バタンと店の扉を閉じる。途端に乾いた風が学校の制服のすそをはためかせた。
「なぁにが、お決まりですか? だよ」
少女は扉の前に立ち尽くしたまま、不満そうに足を踏み鳴らした。
「つまんない女!」
吐き捨てるように一人ごちると、彼女は辻向こうへと黒髪をなびかせて走り去っていった。

 「姐さん、お茶にしましょうや」
グラボスのとりなす様な言葉を聞きながら、金髪の女店主――フィリア・ウル・コプトはため息をつきながらうなずいた。
今のような出来事は別段、珍しい事ではない。
フィリアの店で取り扱っているのは日々の必需品や消耗品ではなく、だから冷やかしだけで品物を弄った挙句、何も買わないお客もよくいるのだ。
ただ、店を訪れる女子学生というのはあまり多くない。その事がフィリアの意識に強く残った。
 彼女は自分の店を眺めた。
冬とはいえ、天気の良い昼下がりである。
店内は魔を払うと言われるヒイラギや松の葉が飾られ、年の瀬のわくわくした雰囲気が漂っていた。
店ももうすぐ冬の休みを迎える。
そうしたら、ご馳走を作ったり掃除をしたり…そんな事をしているうちに、あっという間に新年だ。
「そうね。新しいお茶の葉を使いましょう」
フィリアはぱちんと手を合わせるとにっこりと微笑んだ。




 その青年は岩の先端に腰掛け、羊皮紙を広げてはその内容に見入っていた。
先ほどとはうって変わって、そこはじめじめした暗闇に包まれている。どこかの洞窟の中のようだ。
羊皮紙を読み進めるうち、青年はやりきれないと言った様子で、時々額に手を当てて大きく嘆息した。
その度に肩で切りそろえられた紫の髪がさらさら鳴る。黒曜石の瞳は時折皮肉っぽく歪められた。
青年――獣神官ゼロスの前に跪く人影がある。
小柄な身体を学校の制服に包んだ黒髪の少女。
ゼロスが羊皮紙から顔を上げると、少女はゼロスにまとわりつくようにして言った。
「ね、どうでした? 私の報告書」
「レティシア、上司にべたべたひっつくもんじゃありませんよ」
彼は笑顔のまま、岩の上で少女のタックルを避けようと身体をずらした。
「ハイハイ」
少女は肩をすくめると再び跪く姿勢を取った。
「つまんない私見ですねえ」
「何の話?」
「ですから、あなたの報告書ですよ。フィリアさんが平凡でありきたりの幸福に満足している様に見えるなどと。そんな事、わざわざあなたをやらずとも知れている事です」
「仕方ないじゃない! その通りの女だったんだから。他にどう書けというの?」
レティシアは気短かに言い返すとぷうっとふくれた。どうも、少女は見習い中のようだ。
「レティ、彼女はあなたの思っているような人じゃありませんよ。あの人はああ見えて、一度火がつけば…」
言いよどんで彼は口をつぐんだ。その先の言葉は彼の心の琴線に触れるものだった。
「なら、ゼロス様が行って見て来れば良いではありませんか。私に報告書など書かせる必要はないわ」
いつもの獣神官ゼロスならここで皮肉の一つでもお見舞いするところなのだが、今の彼は少し笑っただけだった。
「レティシア」
それでも、彼は地獄の底からわいたような低い声を辺りに響かせた。
「は、はいっ」
「僕は少し出てきます。その間、ここを死守するように。それから、例の準備も怠らずに整えておいてください」
「ははっ」
(全く、あんな型通りの報告書など書いて寄越して。…つまらない仕事をやらされた腹いせのつもりですかねえ)
手間暇をかけて部下を動かしたものの、結局は彼がお神輿を上げるしかなさそうだ。
ゼロスは彼の未熟な部下にちらりと流し目をくれると、そのまま虚空に溶けて消えた。




 夜と共に彼はやってきた。
漆黒の空にバニラアイスクリームの様に冷えきった月が浮かぶ。
その白い光が一瞬翳ったかと思うと、獣神官ゼロスは既にフィリアの枕もとに佇み、いつものあの笑顔のままで彼女を見下ろしていた。
ベッドに横たわっていたフィリアは静かに目を開いた。
不思議と、今夜は彼が来るのではないかという予感が彼女の胸の中にあった。
だから彼女は黙ったまま、獣神官の闇色の瞳を見つめ返した。
物問いたげな視線。とろける蜜色の髪。きめの細かい肌。緩やかに上下する胸元。
ゼロスはフィリアの全身をねっとりとした視線で舐めまわした。
最後に、部屋の隅に置かれたバスケットの中で輝く小さな生命を見やり、ゼロスは口を開いた。
「随分、元気にやってる様じゃありませんか。時がたてば罪の意識もどこへやら、ですか」
瞬時にフィリアの表情が強張った。彼女は視線を反らすと横を向き、ヴァルの輝く卵をちらっと見た。
「嘆いているだけが償いじゃないわ。…現れる早々、随分と機嫌が悪いのね」
「おや、わかりますか。実は、貴方には少し、気を悪くしてましてね」
ゼロスらしくない、あけすけな物言いが気になった。フィリアはベッドの上で上半身を起こした。
「ゼロス? 何だか、顔色が悪いみたい…。月光のせい?…え、ええっ! きゃあっ!!」
つい今しがたまで嫌味を垂れていた男に、不意に身体の上に倒れ込まれてゴールドドラゴンの乙女は悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと、ゼロス! どきなさいっ!」
獣神官の身体に手を触れ、フィリアはぎょっとなった。
ひどく熱い。見れば、彼は額にびっしょりと汗をかいていた。
魔族は目を閉じたまま低い声で呟いた。
「いや、僕とした事が。しくじっちゃいました」
「! 怪我してるのね」
彼女は何の躊躇もなく寝巻姿のままベッドから滑り出ると、ついさっきまで自分が休んでいた寝床にゼロスを横たえた。
素早く手元にランプを引き寄せ、明かりを灯す。とりあえず肩にかけたショールが橙色の光を反射した。
冷たい水でしぼったタオルを額にあてがわれ、獣神官は文字通り獣のような唸り声を上げた。
「ごめんなさい。痛かった?」
「随分と、手馴れてますね…」
「そうね。何時の間にかこういう事に慣れちゃったみたい」
くすっとフィリアは笑った。魔族の青年も彼女に笑みを返す。
不思議な温かい空気がその場を支配した。
が、すぐにゼロスは淀んだ水のような陰を瞳に湛えて黙りこんだ。
「何故、宿敵の僕に情けをかけるんですか?」
再び彼の口から出た言葉の調子は、最初の機嫌の悪さをすっかり取り戻していた。
「そんな事、言ってる場合じゃ…」
「自己満足のためですか? 僕を見捨てたら目覚めが悪いからですか? それとも、いつものエセ親切気取りですか?」
「酷い。そんなんじゃないわ」
「もし、本当に…」
ゼロスは乱れがちな息を整えながら言葉を継いだ。
「もし、本当に僕を労わる気持ちがあるのなら…。僕に、協力して下さい」
彼は布団をはぐとゆっくりと床に降り立ち、フィリアを見た。
――のせられてはいけない。これがいつもの彼の手口よ――
体内から発される危険信号を感じながらも、彼女は首を横に振る事が出来なかった。
「協力って、何をすれば良いの?」
獣神官が目を眇めて(すがめて)にやりと笑う。
次の瞬間、フィリアは気を失った。




 「えーっと。次に、祭壇を掃き清める、と」
レティシアはメモ書きを片手にぶつぶつ呟きながら、洞窟内部にしつらえられた祭壇を箒で掃いていた。
「悪の限りをひたすら尽くしてるのかと思ったら、魔族って結構、泥臭い仕事もやらなきゃならないのね。…ああ、疲れる」
制服のスカートを翻して一気に掃き掃除を終えると、彼女は可愛らしい顔を腕でぬぐった。
どうもこの少女、魔族となったのはつい最近の事のようだが、元は何の種族だったのだろう。
黒い髪とくりくりした大きな瞳を持ち、小柄な身体には尻尾も爪もなく、外見は全く人間と変わらない。
どーん、どーん、どーん!
箒を仕舞い、座って一休みしようとした矢先、洞窟内に轟音が響き渡った。
「な、何?!」
レティシアの顔に緊張が走った。
「ウウ、ウガァーーッ!」
オークとトロルの群れが洞窟に侵入してきたのだ。
彼らは狂ったように岩肌に体当たりし、洞窟そのものを破壊しようとしている。
自らが生き埋めになることなど、意にも介していないようだった。
「こらぁーっ! やめなさーいっ!!」
少女は思いの他、凛々しい声で叫んだ。さっと身構え、両手に魔の力を蓄える。
「やあぁーーーっ!!」
レティシアは手の中の稲妻をモンスター達に向かって開放した。
すると、彼らは悶絶の声を上げる暇もなく、未知の異空間へと消えていく。
この少女は相手を異空間へと転移させてしまうことができる様だ。
あらかたモンスター達を片付け、彼女が安堵のため息をついたと同時に、新手が洞窟に侵入してくるのが見えた。
「ウアアア、ウアアア、ウガアァァーーッ!!」
更に数も増えている様だ。
「きゃああ! まだあんなにいるのおー!」
見習い魔族・レティシアは情けない声を上げた。
「ゼロス様ーっ! 早く帰ってきてくださいよお〜」

 その頃、中間管理職魔族はかのゴールドドラゴンの乙女を抱き、アストラルサイドの道を急いでいた。
謀略でからめ取った彼の戦利品は腕にずっしりと重く、しかもそれは彼自身が真に欲しているものではない事をゼロスははっきりと自覚していた。
だが、彼の口元にはいつも通りのあの笑みが浮かんでいる。
獣神官ゼロスは急ぎ足の歩調を更に早めた。
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あとがきといいわけ

冨村、大ブレーキです。本作品はなんだかもう、設計・執筆共にえらく苦労しました。
私とかなり親和性の高かったゼロスですが、私が変わったのか彼が変わったのか? どうもゼロスはフィリアとらぶらぶになりたい様です。魔族のしがらみを捨てたくなったんですかね。が、それを冨村が断固として許さないので(仕様違反は許しません)むくれまくってます、彼。
その反動が出たのがレティシア。この娘、女子高生にして魔族という最強の設定ですよね。ゼロスって中間管理職と言われながら部下を見たことがなかったので、この設定はいつか書きたいと思っていました。それが実現して一安心、ってところです。
まだ、中間折り返し地点なんですよね。後半もがんばって書きます〜。ふう。
そうそう。ゼロスが部下の扱いに苦労しているシーンが妙にリアルなのは気のせいです。(笑)


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−LOVE PHANTOM(前編)− 著者:冨村 千早 脱稿:2001.12.24

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